量子コンピューターを用いても読解不能な量子暗号の実用化にドイツとスイスで事業を展開するスタートアップ企業テラ・カンタムがメドを付けたもようだ。『フランクフルター・アルゲマイネ』紙が報じたもので、マルクス・プフリッチュ最高経営責任者(CEO)は「物理学の法則が変わらない限り、わが社はグローバルでより盗聴されにくい通信ネットワークを今すぐに提供できる」と自信を示した。
現在用いられている「RSA暗号」などを従来型のコンピューターで読解することは、たとえスーパーコンピューターであってもできない。だが、高性能の量子コンピューターが開発されると、暗号が破られる恐れがあることから、量子コンピューターでも読解できない暗号の開発が緊急の課題となっている。中国の研究者グループは今年初、量子コンピューターを用いてRSA暗号を解読することはすでに可能だとする論文を発表した。
量子コンピューターでも読解できない暗号技術の開発ではこれまで、「耐量子計算機暗号(PQC)」という方式が有力視されていた。これを用いると量子コンピューターでも読解が難しい複雑な暗号を作ることができる。だが、PQCは従来の暗号技術をより複雑化したものに過ぎないため、高性能な量子コンピューターが登場すれば暗号が破られる可能性は極めて高い。
テラ・カンタムはこれを踏まえ、光子1個につき暗号鍵1ビットを乗せて送信する「量子鍵配送(QKD)」というアプローチを採用した。光子はコピーすると変質する性質があることから、暗号が破られることは物理的にあり得ない。
同社が行った試験では伝送距離が1,032キロメートルに達し、世界記録を更新した。スピードも34ビット毎秒と速い。これまでの最高は中国の科学者が実現したもので、伝送距離は1,002キロ、スピードは0.0034ビット毎秒だった。テラ・カンタムのスピードは中国の科学者の1万倍に上る。プフリッチュ氏は伝送距離についても1万キロまで伸ばすのは簡単だと明言した。
大掛かりなインフラが不要なことテラ・カンタムの強みだ。中国の科学者は信号を強化するため量子増幅器を30~40キロ間隔で設置した。同社の技術では量子キーを送受信する小さな装置があればよい。
同社の技術を使用すれば外国の情報機関や産業スパイから機密データを守ることができることから、潜在的なニーズは大きい。すでに数多くの商談を行っているという。
テラ・カンタムは約5年前に設立された。量子暗号のほか、量子コンピューター用のソフトウエアを開発している。スイスのザンクトガレンに本社を置く。