余白一滴

「一億総中流」と言われた時代がかつてあった。日本経済に勢いがあり、終身雇用体制も安定していた頃の話である。国外からは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと言われ、日本製品は品質が最も高いと国民は当たり前のように思っていた。

「失われた30年」と言われる現在では、遠くかすんだ昔話である。経済データをみると、日本は確実に右下がりである。

筆者はこの間の大半をドイツで過ごしているため、日本が貧しくなったことを生活感覚で感じているわけではない。ただ、日本の情報をネットでみていると斜陽を感じる。試しに閲覧してみたポータルサイトMSNには、「お金持ち体質と貧乏体質」「お金が逃げる!「超貧乏体質な人」の特徴」という記事があった。この手のネタは定番になっている。

4日に就任した岸田文雄首相が分配重視の政策方針を打ち出したのは、こうした現状を改め、中間層を再び厚くする必要性を痛感しているためだろう。

貧富の格差拡大は社会を不安定化することから好ましくない。17年の米トランプ政権成立や英国のEU離脱を引き起こしたポピュリズムの背景には中間層の没落が横たわっている。欧米に比べ移民が少ない日本では社会の矛盾が外国人排斥という形では噴出していないものの、不満・不安が蓄積されれば、何かをきっかけに爆発する。

1970年代に停滞へと陥った戦後経済の打開に向けて先進国に広がった規制緩和と小さな政府の動きはすでに見直しと修正が始まっている。現代版レッセフェールの悪影響は無視できない次元に達しているためだ。

OECD加盟国を中心に136カ国・地域が多国籍企業の税逃れを防ぐ新たな国際課税ルールでこのほど合意したことは、富の再分配を進めるうえでプラスになる。国家は税収が増え、直接・間接的な形で国民に還元できるからである。潮目は温暖化対策だけでなく、経済政策でも変わりつつある。

分配は富の源泉である成長と必ずしも矛盾しない。ただ、大幅な賃上げや高税率を通して企業から被用者・市民に富を移転するという従来型の単純な分配政策は、経済の国際競争が厳しい現状では機能しないだろう。政治家には知恵と工夫が求められる。エコノミストなどの意見に耳を傾けたり、官僚が政策を提言しやすい環境を整え、優れたアイデアを活用できる体制を整えることも重要だ。惜しまれながら近く引退するドイツのメルケル首相は識者などの意見を幅広く聞き、常に見識を高めることを怠らない政治家であった。

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