余白一滴

「German Angst(ジャーマン・アンクスト)」という英語がある。ジャーマンについては説明するまでもないが、アンクストはドイツ語由来の言葉で「不安」を意味する。危機やリスクに敏感で過剰反応するドイツ人を表現する際にしばしば使われる。先週号で取り上げた保険大手R&Vの定期調査レポート『ドイツ人の不安(Die Aengste der Deutschen)』を読んでいて思い出した次第だ。

ジャーマン・アンクストを強く実感したのは福島原発事故のときである。日本から遠く離れたドイツで被爆の懸念はなく、日本製の食品も輸入に際して検査を受けるから安全であったはずだ。テレビではグリーンピースのメンバーでさえもが心配ないとお墨付きを与えていたが、放射能測定器は瞬く間に売り切れた。

フランクフルト放送交響楽団が2012年の日本公演出発直前に本拠地の旧オペラ座で行った演奏会のメンバーには見知らぬ顔がたくさんあった。被ばくを恐れた少なからぬ楽団員が日本行きを見送ったため、その穴を外部の人材で埋めたのである。

学問的に裏付けられているわけではないが、ドイツ人がリスクに過敏になったのは17世紀の30年戦争(1618~48年)がきっかけと言われている。ドイツを舞台に大規模な殺戮・虐殺が行われ、伝染病も流行したことから人口は激減。村から住民が一人残らずいなくなったため、戦争の終了後に外部から入植者を受け入れ再建したというケースもある。

ジャーマン・アンクストはドイツ人を揶揄する際に使われることが多い。だが、不安は慎重さや用心深さの裏返しでもある。将来のリスクを早期に捉え、対策を立てるドイツの能力は高い。公的年金の支給開始年齢を12年から31年まで19年をかけて、65歳から67歳へと段階的に引き上げていくことを決めた06~07年の改革はそうしたケースの好事例である。アリアンツやミュンヘン再保険といった世界的な保険会社がドイツにあるのも偶然ではないだろう。

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