余白一滴

「孤独に取り込まれるから寂しくなるんです。むしろ孤独を自分から積極的に取り込んでしまったらどうでしょう? 孤独の裏にある自由を楽しんだ方がいい」。女優の岸恵子さんが日本経済新聞のインタビューで述べた言葉である。コロナ禍のストレスを「仕方がないこと」と割り切っている。

これに触発され、20年ほど前の出来事を思い出した。

日がな一日、黒い森を歩いた後、ミュンスタータール駅に着いた。6時頃で日はまだまだ高かったが、終電の時刻であり、乗り遅れるとその日のうちに宿のあるフライブルクまで戻れない。気動車が入線してくるのを見てホッとした。

乗り込む際に行先票を確認するとシュタウフェンと記されていた。えっと思い運転手に尋ねると、フライブルクへの乗り換え駅であるバート・クローツィンゲンまでは行かないという。困ったと思い事情を話すと「それならば終着駅の手前のシュタウフェン南駅で降り、少し離れたバス停に行けばよい」と笑顔で答えてくれた。さらに親切なことに、南駅に着くと運転室から出てきて、「ここだよ」と教えてくれたうえ、たまたま1人いた降車する女性に「この人はフライブルク行きのバスに乗るんだけど、停留所まで案内してやってくれないか」と頼んでくれた。

この女性に連れられてバス停まで行った。待ち時間がかなりあったので、お礼を言って別れた後、せっかくだから街を散歩した。

そろそろ時間だと思い少しゆとりをもって停留所に戻りバスを待っていると、何と彼女が近づいてくるではないか。どうやら私が正しいバスに乗れるかどうかを心配してくれたようだ。時間つぶしにバスが来るまで雑談することになった。

彼女は若いころ教員になるつもりだったが、当時は採用がほとんどなく最終的に断念。アメリカで生活した後、ドイツに戻って大学図書館に勤務し、今は有機食材を使った軽食屋を一人で営んでいる。そうしたライフストーリーを楽し気に語ってくれた。

暇を見つけは自転車で黒い森を走っているのよ、とさらに続ける彼女の口から出た「自然には力がある(Die Natur hat Kraft)」というシンプルな言葉が心に強く響いた。ひとり気ままに自転車に乗ること(あるいは山を歩くこと)は孤独を楽しむことにほかならない。気の置けない人と一緒というのも楽しいが、それとは違う。社会的な関係を一度オフにして、自然が持つ豊かさを分けてもらうというのはこの上ない贅沢だと思う。

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